砂漠の星で

aiwa


    老人が、駱駝に乗って砂漠を旅していた。もう一頭、荷物を載せた駱駝も一緒だ。そいつには大きな箱やら袋やらがいくつも無造作に括り付けられている。どうも老人は商人らしい。
    陽も大分高くなって、暑くなってきた。ここらで昼寝にするかと思った商人は、あたりを見渡して手近なオアシスを探した。たしかあの辺に適当なのがあったはずだと目を凝らすと、右手にそれらしき岩々と僅かな緑が見えた。商人はそこで一服することに決め、駱駝の手綱をとった。
    オアシスにつくと、商人は適当な岩陰に座り込んで、水筒の水を一口飲み、たばこを吹かした。空には見慣れた二つの月、シンとキムが並んで浮かんでいる。いつもと変わらぬチョロンの空に商人が思わず大きなあくびをすると、それにつられて駱駝も大きなアクビをした。
    ドンハの町を出たのは二日前だから、明日の夕方にはラオバオの町に着くだろう。そうしたらとりあえず名物のファイでも食べて、馴染みの酒場にでも顔を出すか。とりとめもない事を考えているうちに、商人はいつのまにやらうとうととし始め、とうとう手足を投げ出してすっかり眠り込んでしまった。

    「いいか、確かに奴等は極めて狂暴な種族だ。しかし、奴等にも弱点はある。それは水に弱いということだ」
    「少佐、では戦場で奴等に水をぶっ掛ければ殲滅できるのですか?」
    「うむ、残念ながら殲滅というわけにはいかん。奴等が水に弱いというのは、文字通り猫が水に弱いのと同じくらいだと考えてくれ」
    少佐のいいかげんな戦術にブリーフィング・ルームはブーイングの嵐になった。
    「まあそう騒がんでくれ。水で多少なりとも奴等の動きを封じることができるのだからな。そのために優秀なる我がチョロン軍兵器局が、特殊戦術兵器を完成させた。これだ」
    少佐はアタッシュケースを開け、中から何やらごそごそ取り出して兵士たちの前に掲げてみせた。しかしながらそのあまりに頼りない外見に、兵士たちの間に再びブーイングの嵐が巻き起こった。
    「何だ、いやに小さいな。少佐、そのおもちゃのピストル、ホントに役に立つのですか?」
    「小さいとはいっても、軍曹のアレよりは大きそうだな」
    「何だと、貴様!」
    「ええい、やめんか、二人とも。大きさは問題でない。これは普通の銃ではなく、降雨機だ。狙ったところに雨を降らせることができる。いいか、よく見ていろ」
    少佐は窓の近くに歩み寄り、基地の片隅に放置されているドラム缶めがけて、その「おもちゃのピストル」の引き金を引いた。
    ぴゅうぴゅうという、いかにも安っぽいおもちゃのような発射音が部屋に響き渡った。兵たちがそれを聞いて、またブーイングを起こしそうになったその直後、空がみるみる真っ黒になってドラム缶を中心とした半径100メートルぐらいの範囲に音を立てて雨が降り始めた。
    「どうだ。戦場で敵に囲まれたら、これを使えばいい。やつらはそれこそ尻尾を丸めてにゃあにゃあと逃げ出すこと請け合いだ」
    兵士たちはいぶかしみながらも、配布された銃を受け取った。何せ相手は宇宙一凶悪と恐れられるキャット星人だ。この際文句は言ってられない。兵士たちは支度を済ませると、次々に飛空挺に乗り込んで作戦空域に出発していった。

    飛空挺が基地を飛び立って暫くの間、飛行は順調だった。普段はケンカっ早い兵士たちも、前線に赴く緊張からか、おとなしくしている。操縦士ものんびり「チョロンの夜」を口笛で吹きながら上機嫌だ。
    だが離陸から2時間ほど経った頃、事態は急変した。のんびり構えていた操縦士は、レーダーに映った怪しい機体の影に気がつき、腰を抜かしそうになった。数十機の戦闘機がものすごい速さで近づいている。何となくレーダーの接近警告音がにゃあにゃあ鳴いているような気もする。そう思うと、機影も何だか猫の顔に見えてきた。
    「奴らだ!キャットの奴らだ!」
    操縦士が大声で叫んだのと同時に、レーザー光弾が機体を掠めた。隣に座った副操縦士が慌てて機関砲で応戦するが、こちらの弾はかすりもせず、青い空に曳航弾の光が虚しく吸い込まれていく。
    「ええい、一発ぐらい当てられんのか!」
    操縦士の叫びは凄まじい爆発音でかき消された。右舷にレーザー弾をまともに食らったらしい。顔を横に向けると、副操縦士が血まみれになって倒れている。操縦士は操作の効かなくなった操縦桿を必死に操り、なんとか姿勢を立て直そうとするのだが、飛空挺は上下左右に大揺れで青息吐息、いまにも墜落寸前だ。
    後ろの方も大変なことになっていた。扉が丸ごと吹き飛ばされてしまい、兵たちが外に投げ出されまいと、血まみれの腕でフレームに必死になってしがみついている。金属の焼けるにおいが充満し、切れたコードがぱちぱち火花を飛ばしている。
    その火花が漏れた燃料に引火したのか、壁が突然火を噴いた。兵士の一人が慌てて消火器を取り出し、火を消そうとした。だが激しく揺れる機体に体を揺さぶられ、なかなか狙いが定まらない。ままよと消火器のレバーを引くと、機体がまた大揺れして、その兵士はあたり一面に消火剤をぶちまけてしまった。そして勢い余ったか、隣で機体にしがみついていた兵士の顔面に、消化剤をマトモにぶちまけた。
    消化剤で顔が真っ白になったその兵は、にやりと笑うと消火器を手にした兵士に殴りかかった。しかしフレームから手を離してしまったのがいけなかった。激しく揺れる機体に足をとられて突き出した拳は宙を舞い、バランスを崩した体はあっと言う間に外に放り出されてしまった。
    そうこうするうちに機体のどこかがまた大爆発を起こし、飛空挺はふらふらと砂漠のど真ん中へと墜落していった。

    商人は夢を見ていた。いかにも彼らしい、ばかばかしくて呑気な夢だ。美女と山のようなご馳走に囲まれて酒を飲み、もう食べられないと腹をさすっている。しこたま飲み食いしてすっかりいい気分になった商人は、隣の美女を抱き寄せ無理やり口付けをしようとした。
    女はばたばたと抵抗し、暴れた。それでも彼が押さえつけて事を遂げようとすると、なにやら大きなドラを持った大男が現れ、そのドラを思いっきり打ち鳴らした。耳が痛くなるくらいの音に商人が耳を塞ぐと、いつのまにかドラを持った男の顔が見るも恐ろしい形相の化け物に変わっている。恐ろしくなった商人はさらに目もふさいで、「助けてくれ!」と珍しく神に祈った。すると祈りが通じたのか次に目を開いた時には鬼の顔は消えており、その代わりに、オアシスの外れで何か大きな黒いかたまりが黒煙を上げて燃えているのが見えた。

    商人は恐る恐るその黒いかたまりに近づいてみた。どうやら飛空艇のようだが、原型をほとんど留めていない。そばには兵士らしき死体が何体か転がっている。こちらも無残な有様だ。
    商人はあたりを見回し、危険が無いことを確認すると、とりあえず十字を切って兵士の身包みを剥ぎにかかった。まずポケットを探り、小銭をかき集めて自分の財布に入れた。背嚢を背負っていたのでそれも頂戴することにし、中を開けると、水筒、食料、下着に混じって銃が出てきた。手にとって見てみると、あっけないほど軽く、いかにもおもちゃのピストルという感じだ。最初は捨てようかと思ったが、子供相手に売れることもあるかもしれないと考え直し、いただいておくことにした。一応引き金がついていたので、試しに撃ってみようかと思ったが、何となくいやな感じがしたのでやめた。
    しばらく時間をかけて、念入りに金目のものを物色し、売れそうなものを片っ端から雑嚢につめこんで、ついでにさっきのピストルも詰め込んで駱駝の背中に括り付けた。そして簡単な昼飯を済ませた後、何事も無かったかのように再び駱駝に乗り、ラオバオの町を目指して出発した。

    ドーソンはその日もヒマだった。自分では行き詰まった人生を嘆いていたつもりだったが、その割には悲壮感が足りなかった。足りない悲壮感を補おうとドンコイ賭博に手を出したはいいが、出来たものといえば山のような借金と、それに引っ付いてきたしつこい借金取りぐらいのもので、それがドーソンの生活を多少忙しくはしていたものの、基本的にやっぱりドーソンはヒマだった。
    毎日がそんな調子なので、その日もドーソンはいつものように宿酔いの寝ぼけた頭で、ラオバオのビンタイ市場をふらふら歩いていた。朝方三ヶ月間転がり込んでいた女の部屋を追い出されたばかりで、居場所も無く、行く当ても無かった。
    ラオバオの町は隣国との国境に近いせいか、人やモノの行き来が盛んで賑やかだ。商店の軒先にはありとあらゆる品物がならび、中にはさっぱり使い道のわからない道具や、ペットだか食用だかわからない動物が檻に入れられて売られていたりする。ドーソンはくどいようだがヒマなので、屋台で買った蝙蝠の丸焼きを齧りながら、品物にちょっかいを出しては、店主にどやされるということを繰り返していた。そして市場のはずれまでやって来ると、何やら路上で怪しくぴかぴか光るものに目を釣られた。
    ドーソンはそのぴかぴかの方に、ふらふらと引き寄せられるようにして近づいた。そこでは髭を蓄えた老人が煙草をくゆらせながら、ゴザの上に並べた商品を売っていた。その中に彼の目をひくぴかぴかがあった。ドーソンは屈み込んで商品を眺めた。何だかあまり役に立ちそうにもないシロモノばかりが並んでいる中でぴかぴか光っていたのは、ちゃちなピストルのようだった。

    「親父、このピストルは幾らだ?」
    「お客さん、目の付け所が違うね。このピストル、小さいけれどとても命中率が高いよ。今日は特別、1000ギニーにしておくね」
    「500しかもっていない。まけろ」
    「しょうがないね、800にしておくね」
    「700ならなんとかある」
    「しょうがないね。750ね」
    「わかった。買おう」

    こうしてチョロン軍の開発した特殊戦術兵器は、妙な縁でドーソンのものとなった。無論彼にはそんな複雑な事情は知る由も無かった。

    ドーソンはその足で近くの銀行に入った。金を借りるつもりではなかった。そもそも借金まみれの彼に、金を貸す間抜けな銀行など存在しない。いわんや金を預ける訳でもなかった。この男が預けるだけの金を手にすれば、賭博場に直行するのが関の山だ。ドーソンがそこに入ったのは何を隠そう、銀行強盗でもしでかしてやろうと思ったからだ。なぜかと問われても答えはない。昔からピストルを手にすれば銀行強盗と相場が決まっているのだ。
    そんな訳でドーソンはピストルを新聞紙で隠しつつ窓口に近寄ると、初老の行員に向かってそいつを突きつけ、映画でやっていた通りの低い声で「カネを出せ」と言った。ドーソンは小声でつぶやいた。「決まった、うまくいったぞ」
    だが行員は全くひるむ様子を見せず、逆に「やれやれ」といった表情で入り口の警備員に目配せした。そしてドーソンは、やってきた厳つい警備員につまみ出されてしまった。

    ちくしょう、俺をばかにしやがって。しかし一体なぜなんだ。ドーソンは考えに考えたが、普段頭を使う機会があまりないせいか、結局さっぱり見当がつかなかった。
    そんなドーソンの細かい事情とは関係なく世界はまわり、すっかり高くなった太陽が彼の顔を容赦なく照りつける。町には砂まじりの風が吹き、それが顔に吹き付けて目が痛い。もともと雨の少ない土地だったが、ここ一年間はそれに輪をかけた旱魃で、一滴の雨も降っていないのだ。川は干上がってしまい、畑は荒れ果て、この地方特産のミドラギ瓜も干からびかけていた。
    だがそんな事情は今のドーソンには何の関係も無い。とにかく何が何でも銀行強盗だ。しかしどうも銀行は相性が悪そうだ。ここは一つ、「銀行強盗」から「銀行」を外してもいいんじゃないかとドーソンは妥協し、気をとりなおして今度は近くにあった大きな商店に入った。
    カウンターに近づくと、ドーソンはさっきと同じ手順を繰り返した。だがここでもドーソンは全く相手にされない。カウンターの親父は手のひらを上にひろげて見せ、「他に何か御用ですか?」と言わんばかり。きまりの悪くなったドーソンはつい横にあったアメ玉を一つ買って、そのまま出てきてしまった。なんてこった、これじゃあ一風変わった、ただの買い物客じゃないか。

    外に出たドーソンの頭上では、相変わらずやる気満々の太陽がぎらぎらと照りつけ、ただでさえ少ない彼の体力をじりじりと奪ってゆく。ドーソンはさっきのアメ玉を口に含んだ。ああ、何だか理由を考えるのも面倒になってしまった。ええい、次だ次だ。
    こうしてほとんど捨て鉢になったドーソンは町外れにある小さな商店に入って、捨て鉢になった気分のまま、店主らしき爺さんにピストルを突きつけて言った。
    「おい、カネを出せ」
    「強盗ごっこなら、他所でやってくれ」
    「何だと。てめえ、このピストルが見えねえのか」
    「ピストルったって、あんた、銃口のあいていないピストルで人を撃てるのかね」
    「何だとぉ」
    ドーソンは改めて自分の持っているピストルを見回し、たしかに銃口のあるべきところに穴があいていないことに今ごろ気が付いた。
    「くっそう、あの老いぼれ商人め!」
    怒ったドーソンは腹立ち紛れにそこらじゅうにピストルを向け、手当り次第に引き金を引きまくった。ぴゅうるるる、ぴゅうるるる、という人を馬鹿にした音があたりに響き渡り、店主の老人はその音のおかしさに思わず大笑いをした。
    「ぴゅうるるる、ぴゅうるるる」
    ピストルの音にあわせて、店主は口真似をしてまた笑い、笑われたドーソンは悪態をつきながら、ムキになって引き金を引きまくった。
    だがそうやってドーソンが数え切れないくらいの引き金を引き、そして彼の怒りがどうにか一段落した頃、辺りの様子が変わった。やる気満々だった日差しが翳り、急にうす暗くなってきたかと思うと、妙に冷たい風が吹きはじめた。二人とも騒ぐのをやめ、耳をすまして気配を窺っていると、やがて轟音とともにものすごい勢いで雨が降り出した。
    「あ、あ、雨だ!!」
    店主は思わず叫ぶと、表に飛び出した。辺りを見渡すと、町じゅうの人間が表に出て、空にむかって両手を突き出している。男も、女も、子供も、大人も。そして人と言わず、犬も、水の嫌いな猫でさえも。
    店主の後を追って店頭に顔を出したドーソンに向かって、店主はこう言った。
    「あんた、金に困っとるんだったら、そこにある売上金を全部持ってってもらっても構わんよ。まあ、大した金額じゃあないが。この雨もあんたのあの妙なピストルのおかげかも知れん。見てくれ、町のみんなはこんなに喜んでるんだ」
    ドーソンは降りしきる雨に打たれながら空を見上げ、間の抜けたくしゃみをした。



この作品は、第5回うおのめ文学賞エントリー作品です。

2004年7月31日